塩竈みなと祭

「塩竈みなと祭」は日本三大船祭りのひとつにも数えられるそうです。
 メインイベントは、「神輿海上渡御(みこしかいじょうとぎょ)」。
志波彦神社と鹽竈神社のお神輿を奉安した「龍鳳丸」「鳳凰丸」の二隻の御座船が、約100隻に及ぶ大小の供奉船(ぐぶせん)を従え松島湾内を巡幸します。
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3連休の最終日は孫曜日でした。
朝から雨でしたので、お山行きはこれで納得です。
確か、花淵港が13時だと…それでは間に合うべ。
代ヶ崎に行ったら船尾だけが見えて遅れてしまいました。
吉田浜の寺山から見る船団は青空が出てきたお祭りモード。
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花淵港を出てこれから浦戸へ向かいます。
震災復興半ばですが、着々と整備は進んでいます。
この浜辺は自宅から数㎞あるですが、中学の頃友人に連れられてよく遊んだ砂浜です。
画像中央の洞穴は…??。
年を重ねましたら、近代遺産であることを知りました。
明治政府が鳴瀬の野蒜築港を建設するのですが荒波で頓挫、そしてここ花淵浜に5万トンの港の計画がされます。
菖蒲田浜の韮ヶ森から礎石が運ばれます。
当時は人力ですからトロッコ、そのトンネルがこの洞穴になります。
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例年なら、お祭りパレードに参加ですが、そんな歴史とみなと祭りを重ねてみました。
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冒頭には、船団百隻と記載しましたが数えてみたら半数に満たないでしょうか。
津波で相当の船が壊滅しましたが、着々と増えてきています。
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向こうは、宮戸島の東になる端島。
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雨があがってつかの間の晴れ間、孫と一緒にほのぼのとお祭りを見れました。
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お祭り船団が去って、平静とした港。
古きは、この地から我が町の船団が出港し北洋の漁場を開拓した時代がありました。
そして、留守政影(伊達政宗公のオジサン)の家臣である花淵紀伊の居城(花淵城)でもあります。
撮影地の後ろには草場の陰に隠れて縄文前期である前塚貝塚がありますよ。
昭和30年代、仙台火力道路を切り開いた時に発見されました。
海抜30mの地に縄文前期貝塚があるのは…?
以前にも大津波があり、縄文人は安全な丘を住処にしていたのでしょうか。
年を重ねてきましたら、段々と宿題が多くなってきました。
学校だったら、宿題を残して立たされ坊主かな。(^^;)
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3連休、山は行かなかったかって、こちらは立たされないように日曜日に、夏雨を浴びて行って参りましたので後日アップいたしますね。
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by maro4070 | 2013-07-15 21:06 | 何でも


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