女川・御殿峠にむせぶ

日  程】2013年3月13日(水)     【天 候】曇
【山  域】 北上山地  御殿峠 
【行  程】 12:50石浜P入口~13:05雨降石~13:40御殿峠13:50~14:00尾浦分岐~14:15藪の作業道~尾根~14:30桐ヶ崎仮設住宅~14:35自転車移動~14:50女川戦没者石碑~15:00石浜P入口

石巻市内で所要(後段で説明します)を済ませ、今日は石浜側の登り口から御殿峠をめざし、そして桐ヶ崎の仮設住宅のところまで周回し、ここからデポした自転車で石浜の登山口まで戻る行程です。
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女川の港から御殿峠を望む 中央の大杉が御殿峠です。
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津波は赤灯台、青灯台の防波堤を破壊して 海抜40m程の高台にある病院の入口まで上るほどの勢いで、女川の町は壊滅的な被害を受けた。
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石浜の案内板には、
『この道は、地域の生活を支え、文化を培い、そしてロマンに満ちた道でもあり
リアスブルーラインが開通した昭和44年8月ま(1969年)で、多くの人々に愛され利用されていた重要な道路であった。』と記されています。
そういえば、開通間もないこの未舗装のブルーラインをバイクで来たことを思いだしました。
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大津波で跡方もない石浜集落ですが空地をお借りして駐車し工務店の作業場前を通過して作業道に入ります。
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沢伝いに作業道は続きますがかなり荒れております。
やがて雨乞いをしました雨降石の碑があります。
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ここは女川町のハイキングコースであるが無名山、何時訪れても誰にも会わない静寂の里山歩きである。
杉林のジグザグ道を辿りますが、やはり鼻がムズムズし滴り落ちる。
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女川湾はご覧のとおりヤブで見えにくいです。
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御殿峠到着、太い一本杉と呼ばれ、内部がウロ状になった老木杉が立つ峠は、古の人々が生活道路として歩いた歴史を感じさせる道でもあります。
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峠から西側の展望地で一休み、4年前にSONEさんタッシー、ebiyanさん達と周回した高梨山が見える。そしてOさんを想いだす遠いあの日のこと…。
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さて、御殿峠から南の桐ヶ崎に降りるのですが不安であった道は途中まで刈り払いしてあった。
鹿が飛び出しビックリしたが、写真は取り損ねてしまった。
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尾根なりに進むと尾浦への分岐点に到着。
地図を見たら鹿の出てきた場所でロストしたみたいだった。
正面の278m峰はうす藪、登ろうという意欲は沸かずここで少し戻って沢ルートを目指すこととした。帰宅してから調べたら、ここは尾浦山で石碑があること知って残念。(-_-)/~~~ピシー!ピシー!
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急斜面をくだり沢を目指していたらうす藪の作業道があったので東に進み、
そしてかなりのヤブの作業道となり道形が消えたので尾根を下ることとした。
地図読みをすると真っすぐおりると桐ヶ崎の仮設住宅に着くみたいだったが、この尾根もかなりのヤブであった。
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山を歩いていて予想どおり目的地に着くと笑顔となるもんである。!(^^)!
デポした自転車まで歩いていくと、おっ、若者の集団と対向、聞くと道路の測量である。
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さてさて、自転車は下りだけだと思っていたのですが坂道を上り下ることとなった。
女川湾を見下ろし2年前を垣間見て合掌した。
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ルート図です。
石浜から御前浜に至る林道は長さ4㎞、幅員4mで舗装道路で下山後走ってみました。
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さて、前段で記載しました石巻市内で所要は次のことでした。
2年前の大津波で仕事仲間であるOさんが行方不明となりました。
Oさんとは同年であり42年前、仕事の教育でも3ヶ月ばかり入寮して将来を語った仲でもあります。
そして、数年前に開催しました松島での同期会ではOさんが演奏するサックスの音色で大いに盛り上がりました。2次会が終わって部屋では山のことで話が咲き、今度一緒に行くべぇとなっていました。
合唱団にも入っていたというOさんは国際色も豊かで、私へ送られてくるメールはすべて英語でしたので解読には難儀しました。ある日のメールにはこんなことが、「ブロンド娘と白銀の蔵王を楽しみましょう」との誘いでした。(所要で参加できず悔いが残ります)
そして、いつかは御焼香をと思い続けていたこの2年、古い住所を手掛かりに辿ったらOさん宅は更地になっていました。近所のおばさんに聞き取りしたら引っ越したとのこと…。でも、「待ってください」数分、電話で確認してくれて奥様と話ができお伺いすることとしました。
土地勘がない所で右往左往しながらようやく到着、奥様は外で待っていてくれており大変恐縮でした。仮住まいのアパートの2階に通されて、旅立たれたOさんの遺影に絶句です。

Oさんの勤務先の職員は全職員が高台へ避難しましたが、勤務先の建物が避難施設となっていたためOさん以下5名が戻り避難者の確認をしているところに津波が襲来したのです。
屋上に避難したものの津波の高さが上回りOさんらはさらに屋上の鉄塔にのぼり津波の衝撃に耐えていましたが大型の漁船が流れてきて鉄塔に激突し鉄塔は倒壊したのです。
この結果投げ出され、Oさん以下3名の方が殉職、残る2名は一命をとりとめました。このうちの一人は大腿部筋肉組織の大半を損失する重傷を負いましたが引き波に乗って600mのところで救助されたそうです。

沢山のいい仕事をして、家族を愛し、部下を愛し、組織を愛し、みんなに愛されていたOさん、涙ながらに語られました奥様、そこには肩を震わすことしかできない自分がいました。
Oさん 3月11日の東日本大震災にて被災・行方不明
    ご遺体、未発見   享年58歳 
        ご冥福をお祈りいたします    合掌

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by maro4070 | 2013-03-15 06:37 | 南三陸のお山


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