有屋峠・千年の古道を辿る

【日  程】2011年9月25日(日)     【天 候】晴れ
【山  域】神室山地・有屋峠  静かなブナ原生林と古道巡り
【行  程】秋田の大平登山口に車をデポ山形の入有屋まで移動。
入有屋登山口~鉤掛森~檜木森~948m峰~黒森~山の神~出穴森~大平登山口
【メンバー】Ebiyanさん/SONEさん/マスさん/マロ7・計4名

さてさて、今朝は3時起きでございます。外に出たら満点の星で、カシオペアやオリオンが見えます。あれっ、スバルは…視力低下で、何か見えにくくなったようです。(T_T)
道路の温度表示は8度を示しており今朝はヒータの世界になりました。
予定通り、5時に岩出山道の駅を出発し秋田雄勝町に向かいます。
秋田に入ると左手に神室連峰が、そして右手には本日のコースが見えます。
このコース、近世までは参勤交代に、太古には多賀城から出羽の国を通り羽後の国へ、軍事的な古道だったようです。景観は期待しないものの、千年前の古道を歩くことで満足なのです。
a0127015_2121796.jpg





マロ7号とEbiyan号を大平登山口にデポしてSONE車で山形県金山町の入有屋登山口まで46キロを迂回します。
a0127015_21222721.jpg




入有屋登山口は堰き止めからの出発です。すぐ、杉林に入り登りが続きます。
a0127015_21224541.jpg


一旦、平らな所に、馬止めでしょうか…って推理しますが(?_?)
a0127015_21234473.jpg


稜線に出れば左手に山々が見えてきました。なんと雪化粧をした鳥海山が見えて感激です。
a0127015_2124528.jpg


それにしてもサプライズは雲海でしょうか。
a0127015_212505.jpg


標高600mから上は島々みたいに顔を出しています。遠くは弁慶山地、そして右手には1000m足らずの丁の山々が急峻な岩肌を出しています。峰の途中からみた雲海に浮かぶ弁慶山地にため息、いつかは丁山地の山々に行くドーってネ。(^o^)
a0127015_21254936.jpg



つくしみたいな…キノコですが??
a0127015_21262589.jpg



展望し台で休憩、神室連峰は雲に隠れていました。
a0127015_2127347.jpg

a0127015_2128972.jpg



鉤掛森
a0127015_21274932.jpg


檜木森にて一服(^^)/~~~マスさんの手作りケーキは美味い。
a0127015_21344310.jpg



楽しくこんな光景も…何してるのかなってブナの額縁。
a0127015_2129531.jpg


ブナの大木には昭和一桁の刻印が…80年前のこと(T_T)
a0127015_21363192.jpg


a0127015_21364827.jpg


黒森にてお昼タイム。マスさんのアケビの肉ダンゴ?絶妙なお味でした。
a0127015_21372063.jpg



a0127015_21384965.jpg


山の神さんは探しましたが…見つけられませんでしたねぇ。
それにしても、出穴森秋田側の出穴森から大平登山口までは薮漕ぎ区間があるということでしたが、黒森手前からは藪藪でございました。(>_<)
a0127015_21425764.jpg


大平登山口<薄久内> の手前で道を失いましたが、人間GPSのsoneさん、草をかき分けて出口をみっけ。熊に倒されていた標識を立ててきましたよ。
a0127015_21515811.jpg

a0127015_21521486.jpg


辿った稜線を眺めながらグリーンバレー神室<300円>で湯に浸かりました。
夕刻の鳥海山、そして丁の山々が鮮明に眺めることができました。
a0127015_21564813.jpg


帰路は尾花沢にて評判の大南軒にて焼き肉ラーメンをすすってまいりました。
a0127015_21555029.jpg



あっ、目当てのキノコですがそれなりにゲットし今夕の食卓にあがりました。
初めてみたブナハリタケ(トンビマイタケでした)は時期遅れでしたが。ブナの全周に張り付いていたのは驚きでしたネ。
【soneさんから→あの腐れキノコはブナハリじゃなくトンビマイタケでしたよ(笑)勿体なかったですね。】
a0127015_2253869.jpg



軌跡図です。<新田さん、GPSデータありがとうございました(^_^)>
a0127015_22103087.jpg


【追記】有屋峠は金山町有屋から神室山系の水晶森と黒森の鞍部を越えて秋田県雄勝町役内に出る難所で、軍事面で重要な役割を果たしてきた。
八世紀に多賀城から大野東人の東征から官道として用いられるようになり、中世までは出羽の南北を結ぶ主要道であった。
天正十四年(1586年)横手城主小野寺義道の配下で最上地方の領主、鮭延秀綱が山形城主最上義光に降伏したため、小野寺義道が勢力回復を図って有屋峠から攻め込んだ。緒戦では小野寺軍が勝ったが、数日後には義光の嫡男、最上義康率いる最上軍が反撃して小野寺軍を撃退した。これが有屋峠の戦いである。
江戸時代に入ると参勤交代などのため、羽州街道が整備されて金山から北上して雄勝峠を越えるルートが中心になり、有屋峠は間道となった。
だが戊辰戦争で有屋峠は再び重要な役割を負う。奥羽越列藩同盟の仙台藩兵が要衝である金山に進出したのを受け、新政府軍が秋田から南下し、長州軍が羽州街道の森合峠から、薩摩軍が有屋峠から金山の仙台藩兵を攻めたのである。二方向から攻められた仙台藩兵は混乱して敗れたのである。
平成五年、有屋峠と神室山の登山口にあたる場所に神室ダムが建設され、レクリエーションの場となっています。
[PR]
by maro4070 | 2011-09-25 22:10 | 山形のお山


ようこそお出でいただきました。あっちこっちのネタですが辛抱してみてくださいませ。(^O^)


by maro4070

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

リンクだす(^.^)

http://www13.plala.or.jp/maro7/

最新のトラックバック

にあんちゃん その後
from 芸能ニュース最新情報通信♪

ライフログ

検索

タグ

ブログパーツ

ファン

ブログジャンル

画像一覧