『猪野沢(小山田)新道から関山峠へ』東郷地区歴史講座 

【日  程】2011年3月6日(日)10:00~12:00
【勉 強】山形県・東根市 東郷地区歴史講座  
【タイトル】『猪野沢(小山田)新道から関山峠へ』 
【メンバー】ミイラさん/じゅんさん/morinoさん/マロ7・ 4名
【動  機】かねてから関山古道を歩きたいと考えていましたところ…。昨年11月に歩いた「猪野沢新道:小山田新道」の講演会が東根の本郷公民館で開催されることを、じゅんさんから知らせをいただきました。早速、ミイラさんmorinoさんと参加し午後からはどこかのお山と思案をしていたところ、じゅんさんから「関山古道の峰渡り」が提案あり、即決です。
morinoさん、集合場所…フライイングで先まで進んでいましたど。(@_@)
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関山トンネル前、駐車場はこのとおりの雪で、午後からの峰渡りが危ぶまれます。(>_<)
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30分前に到着すると続いてミイラさんがやって来ました。早速、みんなで会場に一番乗り、定員40名でしたが70席が準備されたようで80名を越す参加者でありました。
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講師の浅井さんです。


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添付された「小山田新道路線図1/50000」は、見事なもので、講師である東根山岳会の淺井紀夫さんの、小山田家文書や公文録の文献調査と実地調査に基づいた詳細な研究踏査の実績の賜でありますね。<敬服_(_^_)_>
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今や小山田新道はその名を知る人も数少ない。往時を忍べば建設機械なども未発達でほとんどが人力で、想像もできない苦労が伴ったはずでしょう。
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現在、東根-仙台間は国道48号が大動脈となっているが、事故などで度々閉鎖する48号のバイパスとして新たな道としての小山田新道を活用する方法はないか。140年前に思いをはせると、そう思わずにいられなかったですね。
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最後に質問コーナーもあり、30分オーバーして12時で講演は終了しました。
「水分(みずわけ)」と呼ばれる場所の石積みの構造物は最高級の技術を持った石屋さんが造作したと地元の古老から昨年聞いています。 旧関山トンネル同様に建築遺産に登録してはいかがと提案しましたが…。」


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講演終了後、地元の蕎麦打ち会の手打ち蕎麦の振る舞いがあり和室に移動し、美味しいソバをご馳走になりました。
ソバは私の大好きな板ソバで100食分準備しているとのこと。つゆとネギだけでしたが香りの良い美味しい板そばで、もちろんお代わりしてご馳走様でした。
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ソバをいただいた後は、「旧関山街道峯渡り」を歩く計画でしたが、生憎の雨で中止にしてミイラさんとはここでお別れです。
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関山はみぞれでして、お山は白沢に転戦することとしました。


以下、興味のある方は読んでください。
<猪野沢(小山田)新道が主役になれなかった理由…あくまでも私感です>
【はじめに】
「戦後しばらくは歩いたり自転車などで宮城県に抜けることができた」という猪野沢新道。猪野沢地区と宮城県の新川村(現在の仙台市青葉区新川)を結ぶ幅の広い新たな道路も計画されていたそうである。
 その元となったのが小山田新道。「江戸時代は大庄屋だった小山田家が、明治初めに私財で整備したことから小山田新道と名付けられた。新道の整備から数年後に県令三島通庸が関山街道を完成させたので、新道は使われなくなった」という不運がつきまとった。

【鬼県令】
 三島県令は関山街道を整備する前、人が実際に歩くと猪野沢から現在の仙台市熊ケ根地区までどちらのルートが早く到着するかを計ったとか、真相は定かではない????。
小山田新道ルートは1人で歩いたが、関山ルートは何人もがリレーしたので当然、関山ルートが早く着くという結果になり整備が決まったというが…果たしてそうであったかは知るよしもない?

完成後は通行料で経費を補うことで小山田氏の私財供で作られた道だが、数年後に関山新道が完成した為に小山田家は斜陽となったらしい。
その関山新道は三島県令の肝いりで開通となるが、薩摩出身の三島県令の背後には、「眠れる獅子」として恐れられた維新の元勲、大久保利通が視察に来ていたのである。

【鬼県令のバック】
大久保利通の眠れる獅子の話は以下の内容でうなずけた。
〓明治4年11月に琉球の漁師54人が台湾に漂着し惨殺された。明治政府は謝罪にも賠償にも応じない清国なので出兵して台湾を鎮定した。引き続き清国と交渉したが進まないので日本国n全権委任大使として大久保が北京に行った。清国からは台湾からの撤兵の要求があるも拒否したので、英国が仲立ちした。和解金10万両を提示されたが、日本の台湾出兵の正当性と賠償金50万両を得て決着している。これは、単に清国の謝罪と賠償を得たことに加えて、日清間で争いのあった琉球の帰属先も「日本のものである」ことを認めさせている。今の日本政府に欲しい逸材の方だと思うが…。〓
このように強力な後ろ盾があるなかで、三島県令は小山田新道を拡幅するよりも関山新道を新たに作った方が自分の仕事実績ができるのではないか…そしてプラスアルファーも…、と思ったがどうだろうか。

【殖産振興と横断道路】
私の憶測は違った。当時の日本は江戸から明治となり西洋文化が流れ込み産業革命に突入していた。日本各地では開発が行われ東北にもこの波が押し寄せてきたのである。
宮城では、現在の東松島市の野蒜に築港が計画された。そして、陸路として仙台と日本海の酒田を結ぶルートが検討された。これには数本のルートが浮上し、道路開鑿の候補地としては、中新田と尾花沢とを結ぶ軽井沢線や秋保と山寺とを結ぶ二口線などもあげられたが、もちろん、猪野沢新道も選択肢になったであろう。
これらはいずれも嶮しい坂道が多くなることから、比較的勾配の緩やかな標高の低い関山線の開鑿が選定されたうようであろう。
また三島県令としても野蒜築港だけではなく、当時は塩竈の寒風沢~横浜に就航していた航路との連絡を画策していたらしい 。当時、内務卿だった伊藤博文も建設予定地を視察したそうで、宮城県側は明治12年11月に松平正直(まつだいら まさなお)県令になって着工している。
      『 関山隧道  洞門の広さ 5m 高さ 4m 延長 約250m』


【宮城との結託もあったにのかいな?】
関山開削工事は三島1人の事業ではなく宮城、山形の共同事業だったようで、明治11年5月に宮城県令宮城時亮(ときすけ)と三島は会見を行っている。(宮城県側としても野蒜~山形ルートを開拓したかったようで、土木知識にたけていた三島県令の計画案が採用されたのではなかろうか…それとも、政治的配慮があったのだろうか。)

関山道路は県境付近を除きほぼ現在のJR仙山線と並行しており、海抜594mの地点では長さ200mほどの二車線の隧道を掘鑿した。これは当時としては困難な大工事であり、我が国における隧道開鑿の魁(さきがけ)をなしたものと言われている。

【まとまらないまとめ…】
三島県令は猪野沢新道の完成をみないで福島県令に就任するが、ここで住民とのトラブルがあり歴史上の「福島事件」起こしてしまう。
ちなみに仙山線が開通したのは、54年後の昭和11年(1936年)のことで、マロ7は仙山トンネル入り口にテントを張り翌朝は金剛沢をつめて無名峰を登るのが山岳部の秋の山であった(これは関係ないな(/_;))。
ブログタイトルは「猪野沢(小山田)新道」 であるが、なぜか三島県令と関山道路に集中してしまいました。また、小山田家を賞賛すべきところでもあります。何故、廃道になったかは、大久保という強力な後ろ盾があり、政府資金の調達、そして鬼県令という独断的なリーダーシップ、関山道路の必要性(馬車道の適正)など、「猪野沢(小山田)新道」 にとっては不利な条件が生まれていたのでしょうか。
明治維新から140余年を経た今、朽ちた廃道に目を見張り、先人の労苦を垣間見た講演会を拝聴でき感傷にひたりました。道があってこそ生活物資が流通し我々の豊かな生活が確保、そして緊急対応もされています。
帰路、関山トンネル入り口に置いたマロ車には雪が積もっており、次の関山古道の峰渡りを決心させてくれました。

追伸:それは決して戊辰の役で東北各藩が賊軍になったから、その懐柔策として便宜的に考えたものではないのか…。今となって東北開拓は北海道開拓以上の重大案件であったのであると思うが…如何でしょうか。東北は、歴史上これまで中央から幾度となく侵略されましたが、低迷の日本経済を回復させる鍵が今の東北にかかってると思います。
私は歴史家でも経済家、土木家でも何でもありません。ただの、山おんつぁんのつぶやきですからね。 (^^)  
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by maro4070 | 2011-03-09 19:20 | 関山界隈


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