チリ津波がやって来た…

名残の冬山を満喫しようとmorinoさんからお声が…目指すは湯殿山、初めてのお山だから夕べはウキウキで早く床についた。気になることは「チリで大地震が発生し…津波」がやってくることである。

今朝は5時起き、冬季五輪も佳境となり、リレーの決勝が放映されていた。まさかのまさか日本チームが決勝とは、是非、初の金メダルを取って欲しいものだ。しかしだ、熱戦の結果、あぐど(踵)一つの差で二位とは、リードしていただけに残念であるが、終盤にきていいところを見せていただいた。

夜が明けて6時、行くか行かざるべきか、決断の時期がやってきた。どうも、震源地の近くでは津波が襲来しているしでやって来そうだ。
Morinoさんに今日は同行できなくなったことを伝えた。すみません。
2月末の日曜日、JRのストップ、国道の閉鎖とまたもやチリからの津波に翻弄され人々は生活の打撃である。新港のアウトレッドは昼間以降、閑散となったそうである。

今日は(3/4)久々に、松○写真屋さんへ焼き増しに(デジカメもそういうのかな?)
店内にはチリ津波の写真がありました。写させてくださいと願ったら、ひとつ返事で持っていがいんって。
早速、いただきです。この撮影者は国道45号線角にある老舗の薬屋さんだそうです。
懐かしい仙石線と町並みが写っていますよ。
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本塩釜駅に乗り上げた遊覧船
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さてさて、昭和35年のチリ地震津波はどうであったか、各地では沢山の被害が発生したが我が町では被災のなかにも微笑ましい話がふたつも残っていた。

昭和35年5月24日早朝、突如として津波が襲来した。まさに寝耳の水の津波は波高さ3mとなって音もなく4波に分かれて東日本の各地に甚大な被害をもたらした。

我が町では、第1波の襲来とともに着の身着のまま逃げ出した住民が一日中恐怖にさらされた。

① 第1波襲来時の4時10分、浜で仕事をしていた方は「自宅から400m離れたところでワカメを干していたところ、潮の引き方が異常なのに気がついた。作業員13人を直ちに帰宅させ、直ちに家族を避難させるようにし大声で町内に知らせ、地区内1300人の全員を避難させた。


② 海岸路上で波にさらわれた老婆が助けを求めていた。これを発見したSさんは、単身敢然と救助に向かい老婆を背負って避難しようとしたところ、船揚場から流れ出した小舟6隻に取り囲まれ再び危険に瀕した。一歩謝れば自分も海水に呑み込まれながら、冷静沈着ながらこの危険を脱し救助に成功した。
なるほど、被災したなかにもこんな逸話が我が町にはあったのです。

今日は9時から22時まで職場につめた。通算13時間だけであるがかなり応えた。
山に行けば13時間も歩くときがあるし、運転時間も含めれば大差はない。
あっ、そうか。好きなことをやるからマネーにならないんだった。(((((#$▽$)~~~

女川沖に設置された津波観測ブイ(今回の津波をいち早くキャッチ・後方は金華山)
柴丸船長撮影
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by maro4070 | 2010-02-28 23:30 | 何でも


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